平井和正「若き狼の肖像」

学生ルポライターとして活動するおれはある日、三星財閥令嬢・石崎郷子に近づくなという脅迫を受ける。その直後、石崎家の執事から、失踪した郷子の行方を追ってほしいという依頼が舞い込む。一連の事態を受けて捜索に乗り出したおれは、やがて二つの大きな犯罪組織を敵に回すことになってしまう……。若き日の狼男・犬神明と蛇姫・石崎郷子との出会いを通じて描かれる、アダルト・ウルフガイシリーズ。

「人狼白書」「人狼天使」以降に書かれているにもかかわらず、まったく「天使」に触れることもない。一部、後年のアダルト犬神明の意識でふりかえっていることを覗かせながらも、ほぼ全面的に、21歳の学生トップ屋、ヤング犬神明として1冊を通している。

「狼男だよ」以前、アダルト以前として、本当に若く、カッコつけた、元気な犬神明の姿が見られるのだ。そしてここで、〈蛇姫〉石崎郷子との出会いが描かれている。

貴重な……本当に貴重な、若き狼の肖像なのだ。タイトル通りであり、過不足は何もない。

アダルト・ウルフガイ・シリーズがいったいどのような物語であり、犬神明がいったいどんな人物であるのか、ここから窺い知ることができる。さすがにのちの三十代のアダルト犬神明に比べれば、未熟な部分はあるかもしれない。けれど、むしろアダルト・ウルフガイ・シリーズ第1作目「狼男だよ」1冊よりも、彼の魅力を知ることができるのではないか。「狼男だよ」は別の意味であまりにも面白く、魅力的ではあるが、作者自身がまだ彼の魅力の最大の部分を知らないままに書いていたような気もするのだ。

読み終わって記憶に残っているのは、そして、石崎郷子すらも後衛にしてしまうような、“タヌちゃん”呼ばわりされた、綿貫のことなのだ。

ふたりで水遊びをした思い出のために……所詮、言い訳でしかないだろう。後悔でしかなく、おそらく真の反省でもなんでもない。もし生きのびることができていたなら、綿貫はまたどうせヤクザの世界でヤクザそのものになって腐っていくのだろう。
けれど、犬神明は最後にやはりチャンスを投げ出すのだ。

マキコのことを思うなら、けしてこのラストシーンは感動などしている場合ではない。けれど、第三者として薄情になってしまうままに、犬神明は決して見捨てきることはなかった……そのことだけは胸の奥深いところに居座ってしまうのだ。

だから……


スポンサーサイト

平井和正「人狼天使III」

現代のソドムと化した背徳の都市・ニューヨーク。ブリザード吹きすさぶ酷寒地獄のこの街は、魔の波動を発する悪魔たちの巣窟なのだ。奴らの手中におちた“天使”マイク・ブローニングを助け出したおれだったが、さらなる災厄が降りかかろうとしていた―。人類を破滅へ追いやらんとする魔手が蠢く中、ひとり孤独な戦いを続ける犬神明に勝利の日は訪れるのか?

「人狼天使」3冊目だが、ノンノベル刊行時には「人狼天使第III部 魔王の使者」というタイトルだった。
それが、角川文庫で刊行されたとき、まあ人狼天使という通しタイトルが失われたのはそれまでの第1部第2部がそうだったのだからそうだろうということにして、なぜかタイトルが「ウルフガイ 魔界天使」。
「魔王の使者」は?
とうとうノンノベル版とまったく関係ないタイトルの本が一冊できてしまった。「人狼地獄」は、まあ、ハヤカワ文庫「人狼地獄篇」から来ているんだろうけれど、なんだこのキョンシー映画みたいなタイトルは? と当時は思ったものである。

この第3部を再読してみると、やはり面白い。キャラクターたちが生き生きしていて、その行く末を知りたくなってしまう。
第1部第2部から登場していたジュディ、ガブリエル、ロディ、ダニエル・ルート、ファーマーといった面々に、この第3部で登場するのちの東丈に通じるものを感じさせるマフィアのリーダーやその妹、そして矢島絵理子……
あれから20年、彼らの時間は凍結されてしまったのだろうか。

特に、ジュディやガブリエルのことは、これものちの「幻魔大戦」に収斂されていったこととはいえ、このまま凍結というのはなかなかツライものがある。今となっては、このストレートな続編を読むことはまず間違いないくらいに不可能なことなのだと思うしかないのだが……

閑話。ロディは、ノンノベル版第3部ではなぜかエディという名前になっていた。第2部でのロディの冷笑家ぶりに比べて、題3部のエディはずいぶん人間がやわらかくなったように感じたのだが、今回文庫版でロディに統一されたものを読むと、あんまり第2部のロディと変わらなく感じた(笑)。名前の響きの印象というものかな?

こんな面白い小説が中絶したままというのが、本当に残念すぎることではある。


平井和正「人狼天使II」

不死を求める涜神の所業“メトセラ・プロジェクト”を追ってニューヨークへと渡ったおれは、悪の波動に満ち満ちた街で、いよいよ活動を開始する。敵の本拠地“サタンの城”がどこであるのか調査に乗り出したおれを、邪悪な思念が襲う!―憑霊された現代のソドム・ニューヨークに単身乗り込んだ不死身の狼男・犬神明の壮絶な戦いを描く、アダルト・ウルフガイシリーズ。

角川文庫版では「ウルフガイ 魔天楼」となってしまうが、ノンノベル版で親しんだ者からすれば当然「人狼天使第2部魔天楼」だ。これもノンノベル版のカバー絵が生頼範義の頼もしい犬神明で、「人狼天使」の魅力的なタイトルと並んで惚れ惚れさせる出来映えだ。

ここでの犬神明は、やはりそんなにキャラクターが変貌している感じはない。ジュディ・ギャザラやガブリエル・ドーソンという「お弟子さん」ができたりしても、別に講演会をやったり(笑)するわけでもないし、荒っぽい場面になると生き生きしたりして、相変わらずの狼男だ。

それでも、悪霊憑きに対して「光を入れ」たりするシーンは今読み返すと犬神明には合わない部分のような気はしないでもない。マイク・ブローニングなりに任せてしまえればよかったのかもしれない。しかし、これがあればこそ「センセイ・イヌカミ」につながり、そして第3部での「造反」と後の「幻魔大戦」にも繋がるテーマが浮き上がってくるわけか。とはいえ、第3部で中絶したままの「人狼天使」がどう進んでいったかは、もはや知るよしはないのだろう。

ジュディ・ギャザラ、ガブリエル・ドーソン、ロディ・イエイツ、ダニエル・ルート、ディヴィッド・ファーマー、“ステラ”と、犬神明にとってそれまでになく長期的かつ密接な繋がりを持つ仲間(?)が次々と登場し、確かに新シリーズが始まったのだと感じさせる。このまま「人狼天使」シリーズが進んで行っていたなら、はたしてどうなっていたのだろう。

“ステラ”については、「ボヘミアンガラス・ストリート」で同様に黒衣の姿で登場した人との関連は全然ないのだろうか? これはかなり気になっていたのだが。

さて、どうでもいいことだが、この部のラスト近く、マイク・ブローニングを救出する際のウルフのセリフ、「ミスタ・リヴィングストンとお見受けしたが?」が何のことだか、読んだ当時の中学だか高校だかの自分には全然分からなかった(笑)。マイクの名字はブローニングだし、そもそもミスタじゃないだろうと「?」と思っていたものである。「若い読者に、当然の共通認識のはずのことが通じない」と「今の若い者は」式に言われるが、なあに、やっぱり或る程度はパピレス時代からのことに決まっている(笑)。

平井和正「人狼天使Ⅰ」

背徳と罪悪のゆえに滅亡した古都・ソドム。その性の退廃、涜神の波動が、今再び現代のニューヨークに甦ろうとしていた。異次元からの魔族の思念に支配される腐敗の都市に渡った狼男・犬神明を待ち受けるものとは果たして何か?時間・空間を超越し、多次元世界を統べる“意識界”に目覚めた犬神明が、神の使徒として繰り広げる、新たなる戦いを描くアダルト・ウルフガイシリーズ第八弾。

「人狼天使」と書いて、ルビは「ウルフ・エンジェル」。
これはなかなか魅力的なタイトルだったと思っている。ノンノベル版のカバー画は生頼範義氏で、そのどっしりとして頼もしいアダルト犬神明と「人狼天使(ウルフ・エンジェル」)」のタイトルの表紙は惚れ惚れとするくらいだった。

収録されているのは、中編「ウルフガイ・イン・ソドム」と、おそらくはアダルト・ウルフガイ・シリーズの最終パートとなる人狼天使の第1部「憑霊都市」。
「ウルフガイ・イン・ソドム」は、アダルト犬神明の“前世”たるソドムシティの住人カルデヤのウルの物語だが、「未来の記憶」として時折犬神明の意識も混入したりして読み応えもあった。しかし、若干「得た知識の放流」のように「神と悪魔の真実」が語られ始め、これはこれで初読の時には刺激的ではあったのだが、今読み返すと、「それはもう知ってるよ」的な感覚が先に立ってしまう。
登場人物の感情とシンクロする読書においては、何度読み返しても同じシンクロが可能だ。そして、それこそが特に平井和正作品を読むときの一番の「面白さ」だった。これは「人狼白書」「人狼天使」についても決して変わるわけではないのだが、ただ、「知識の提示」部分はそうではない。言ってみれば、新しい知識や技術について書かれている本は、初めて読むときには面白いが……というところか。
だから、犬神明の感情が描かれている部分はこれまで同様に抜群に面白く、犬神明の「知識」が提示されている部分は光と熱を失っている……但し、何度か読み返している読者にとっては、という感じだ。初読の読者にとってどうかは不明である。

「ウルフガイ・イン・ソドム」が単独で成立しているのに対し、「憑霊都市」は第1部とはなっていても、長さや内容からしてほとんどプロローグに近い印象だ。石崎郷子の復活、矢島との対話、雛子やマイク・ブローニングの動静、ジュディ・ギャザラとの出会い等が描かれ、そして事件らしい事件、山場らしい山場はないのだ。

物語の動きは続く「人狼天使第2部魔天楼」からに持ち越される。

ちなみに文庫化されると、「人狼白書」同様、「人狼天使」のタイトルは消滅した。
この巻は「ウルフガイ イン・ソドム」と微妙なタイトル(笑)になっている。「人狼白書」「人狼天使」にタイトルに愛着のある人間にとっては哀しいことなのだが、おそらくは要らぬ軋轢を避けるためのことなのだろうかな。

平井和正「人狼白書」

兄・大滝雷太の死に復讐を誓う妹・志乃。その執念に彩られた呪いの念は、おれの周囲の人間たちにまで降りかかってきた。蛇姫こと石崎郷子は癌に冒され、隣家の可愛らしい娘・美美も不治の病に倒れてしまう…。次々と襲いくる凶運を前にして、遂に志乃との闘いに立ち上がったおれだったが、志乃の背後にはさらなる恐るべき敵が待ちかまえていたのだった―。

アダルト犬神明の死と再生の物語「人狼戦線」が愛読者たちに絶賛されたとすれば、次の転轍機「人狼白書」は毀誉褒貶、どっちかといえば非難囂々だったかもしれない。

個人的には、順を追ってきちんと読んでいなかったせいなのか、あまり悪い意味での衝撃もなく、ごく自然な形で受け入れていたと思う。ああ、そうだったんだー、という感じである。たぶん、「狼男だよ」「リオの狼男」「人狼地獄篇」のあと、早くもこれを読んでしまっていたらしい。だから、作中で寺島雛子が登場し、「たか」のことが語られても、「たか」って誰? だし、大滝志乃の存在から雷太のことが語られても、雷太って誰? だし、本当にもうとんでもない読み方である(笑)。

さて、このエントリーのタイトルは「人狼白書」としたが、現在、このタイトルの書籍を入手することは難しいだろう。これは祥伝社ノンノベル版のみのタイトルであり、これがまた「人狼地獄」(「魔境の狼男」)もしくは「リオの狼男」+「人狼地獄篇」の時をわざわざ再現せずとも、という感じの文庫収録にされているのだ。

ノンノベルでは長編「人狼戦線」を挟む中編二つ「虎よ!虎よ!」と「狼は泣かず」がカップリングされてしまっており、不連続性云々ということは以前に書いた。
角川文庫から刊行される際、これを避けるべく、「人狼、暁に死す」と「虎よ!虎よ!」がカップリングされた。ここまでは問題ないと言っていいだろう。
問題になったのは、じゃあ「余ってしまった」中編の「狼は泣かず」をどうしたらいいものか、ということになる。

ノンノベルでは、中編二つのカップリングされた『狼は泣かず』の次に、長編1冊の『人狼白書』が刊行されている。
そして実は、中編「狼は泣かず」で犬神明が出逢った男・大滝雷太や、その雷太を巡る事件が、そのままこの長編「人狼白書」に繋がっている。つまり、「リオの狼男」と「人狼地獄篇」との関係にほぼ同じ形なのだ。

「狼は泣かず」は単品で独立した造りになってはいるが、「人狼白書」のプロローグ的な位置づけとも言える。だから、もし「狼は泣かず」+「人狼白書」で(タイトルはどう付けるにせよ)1冊に纏めていれば、まあ、本が分厚めにはなったかもしれないが、さほど混乱するようにもならなかっただろう。

しかし、角川文庫は、ここで思いきったことをしでかしてくれた。
「狼は泣かず」+「人狼白書」の前半、で1冊造ってくれたのである。これが、「ウルフガイ 不死の血脈」というタイトルで刊行されたものだ。

でもって、「人狼白書」の後半が「ウルフガイ 凶霊の罠」のタイトルで1冊になっている。

ここでの問題点は2つあって、これまでは何だかんだ言っても、とりあえず1冊の本ごとでそれなりにエピソードは纏まってはいたわけだ。ハヤカワ文庫版「リオの狼男」と「人狼地獄篇」は、続けて読むに越したことはないが、それぞれでいきなり読んでも、ちゃんと独立した物語になっている。

しかし、「ウルフガイ 不死の血脈」と「ウルフガイ 凶霊の罠」は、本当にもともと1冊の長編をちょん切ってしまっているのである。「不死の血脈」だけ読み終わると、「なんにも終わってない!」になってしまうし、「凶霊の罠」だけ読んでしまうと、非常にワケが分からない。

現在のハルキ文庫では、「アダルト・ウルフガイ・シリーズ1」のようにナンバリングされているので、とりあえず問題は回避できているのかなと思うのだが、当初の角川文庫版では、何しろいきなり「人狼戦線」から刊行されたくらいで、確かそういうナンバリングの配慮はされていなかった記憶がある。もっともこれは確実なことではないので、言いがかりではあるのかもしれない。
ただ、ナンバリングのことはともかく、もともと1冊の長編を「上・下巻」だということが不明になる形で2分割してしまうというのは、これは頭を抱えてしまいたくなるやり方ではないか。

問題点の2つめは、これも関連科目にはなるが、この2分割の結果、「人狼白書」というタイトルが消滅してしまったこと、そして、なぜかタイトルに「ウルフガイ」という言葉がペッタンコとスタンプされ、続くラインナップにも全てこれが踏襲されてしまったこと。「人狼白書」というタイトルに個人的な美しさというか魅力を感じている人間にとっては著しく哀しいことだし、タイトルにベタベタ修飾が付くのはやはり美しくない。「犬神家の一族」とか「獄門島」がですよ、あるときいきなり「金田一耕助 犬神家の一族」「金田一耕助 獄門島」とか、「金田一耕助」の部分が小さなサイズでならともかく、タイトルの完全な一部分として刊行され始めていたら、すごくヘンじゃないですか? 「御手洗潔 占星術殺人事件」「御手洗潔 アトポス」「吉敷竹史 光る鶴」「神津恭介 刺青殺人事件」「神津恭介と大前田英作 狐の密室」 ああーっ、美しくないっ。

続く「人狼天使」(ウルフ・エンジェル)も、この神秘的なタイトルは文庫化の際、失われてしまった。非常に、残念である。

唯一、この形態になってプラスなことがあるとすれば、「闇のストレンジャー」というタイトルについて。これは、「ウルフガイ 不死の血脈」の目次を見ると出現しているタイトルだ。前半が「狼は泣かず」で、後半が「闇のストレンジャー」になっている。つまり、「人狼白書」の前半が「闇のストレンジャー」というタイトルで収録されているのだが、このタイトルはノンノベル刊行時には存在していなかった。「ウルフガイ 凶霊の罠」がそうであるように、もう少し細かい章題が付けられていたのだ。

これのどこがプラスなことかといえば、実に小さな小さな話ではあるのだが、ウルフガイ番外編「狼の世界(ウルフランド)」という1冊があり、これは実にウルフガイ・シリーズ、アダルト・ウルフガイ・シリーズを中心にした平井和正の自己パロディ作品集なのだが、その中で、「人狼白書」事件の渦中にある犬神明がいきなり抽出されて登場し、「おかしいな、おれは『闇のストレンジャー』に出演中なんだが」みたいなセリフをいうシーンが有るのである。
「闇のストレンジャー」って何だろう? どう見ても「人狼白書」なんだが……と不思議だったのだが、謎は解けた、これが答えだ(笑)。書き下ろしではなく、連載されたものを単行本したわけで、連載中のタイトルは「闇のストレンジャー」だったわけだ。そして、角川文庫で2分割事件発生の折、このタイトルが堂々復活したわけである。これで、「狼の世界(ウルフランド)」を読んだ読者には親切なことになった。よかったよかった。(たいしたことじゃないやい)

 

プロフィール

ピンクル

Author:ピンクル
名前:
おっぺ(カメ)

ピンクル(ゾウ)

カレンダー

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

リンク

読書メーター

pincleの最近読んだ本

鑑賞メーター

鑑賞メーター
pincleの最近観たビデオ

最近の記事

最近のコメント

Lc.ツリーカテゴリー

ブログ内検索

QRコード

QRコード

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

RSSフィード

FC2カウンター