蘇部健一「届かぬ想い」

小説家を夢見ている小早川嗣利は、美しい妻と可愛い娘に囲まれて幸せに暮らしていた。だが、ある日娘が誘拐され行方不明となる。やがて、生まれた二人目の娘も不治の病に…。重なる悲劇に意気消沈する嗣利は、幸せな家庭を取り戻せる方法があると知る。愛する娘のため、それを試すが思いもよらない結末が!?時を超えられるなら、愛する人を助けますか?たとえ何が起ころうとも…男は娘のため、時を超え遠い世界へと旅立つ。

 貫井徳郎「さよならの代わりに」の項で、通りすがり的に悪く書いたので、非難するならするでちゃんとした場所を設けるべきだろうと思い、追加した。

 この本は、タイトルやイラストから予想・期待されるものとは全く違ったダークで陰惨な内容になる。それ自体には全く文句はない。ただ、1点、文句をつけたいところは、要するに(ネタバレ丸出しで書くのだが)近親相姦による異常児出生という部分だ。

 確かに、近親婚で遺伝子異常が起きるというのは認められた説なのかもしれない。しかし、この本では、近親相姦による出生が100%異常児発生になるかのような書かれ方になっており、しかもかなりグロテスクな発症の仕方になってすらいる。筒井康隆のグロテスクSFなら、それもありだろう。最初から大仰に拡張して創られているスタイルなのだ。しかし、この本はそうではない。まるで、まともなSF小説のように書かれている中で、そういう安易なプロットになっているのがどうにも不快だったのだ。
 「六枚のとんかつ」のようなタイプの小説でのことなら、やれやれと苦笑して済まされたかもしれない。しかしこの本は違う。「ちょっと待てよ」と言いたくなってしまうのだ。
 それとも、作者本人としては、娘の安否に必死なはずの主人公が野球の状況に一喜一憂するところや、最後の言葉「届かぬ想い」の正体が競馬の馬の名前であるところやから、この本は決してまともに読むべきシリアスな物語ではなく、「六枚のとんかつ」と変わらないオフザケ小説だというつもりだったのだろうか。だから、書いてある内容を真剣に捉えてもらっては困ると。

 かつて栗本薫「グイン・サーガ」の中で、ハンセン氏病についての描写が「差別を助長する」と問題視されたことがあったと思う。「癩病」という表現で出てきたものだが、「癩という業病にきくのは、人の生血と生肉以外に無い」「空気感染する」など、現実にある病気についての描写としては誤った認識を生みかねない部分は確かにあったようだ。
 栗本薫にハンセン氏病に対する偏見があったとは思いがたい。というのは、彼女は鮎川哲也の愛読者であり、鮎川哲也「偽りの墳墓」を読んでいないはずがない。そして、鮎川哲也「偽りの墳墓」ではハンセン氏病に関して「癩病」という表記すらしているものの、かなりきちんとした書き方がされているからだ。「偽りの墳墓」を読んでいれば、まずハンセン氏病=癩病について変な誤解はしていそうにはない。
 にもかかわらず、栗本薫が「癩という業病にきくのは、人の生血と生肉以外に無い」「空気感染する」などと書いたのは、つまりは「SFだから」「癩という名前は使ってはいるが、異世界SFの、つまりは別世界の全く異なる病気だから」という考えがあったからなのだろう。
 それでも当然、同じ「癩病」という表現である以上、やはりまずいということになって、確か「黒死病」に改定されたはずだ。小説を世に出すというのは、そういうことだ。「わざと」誇張して効果を狙うのと、小説の都合上や、ましてや適当な知識で、いい加減に書くのとは、覚悟の点で雲泥の差があるというものだ。

 ラスト部分のグロテスクな表現がなければ、特にここまで不愉快にもならなかったかもしれない。ちょっと驚かされた意外な時間物だった、で済んだかもしれない。作者としては最後の最後でとどめの効果というつもりだったのだろうか、しかし。。。要らぬ筆の滑りだったと言ってしまおう。
筒井康隆が断筆までしても、他の作家が適当な形でそれを台無しにしては何にもならない。
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