飛鳥部勝則「誰のための綾織」

孤島に拉致された女子高生と教師たちを待っていたのは「蛭女」の復讐だった。日本間の密室、窓から羽ばたく影、相次ぐ死、そして訪れる不可解な結末…。これは、反則、なのか?

 ミステリとしての出来云々は横に置いてしまおう。読み終わって今、わだかまらざるを得ないことがある。それは、作中の作「蛭女」にあまりにも節操なく(と言ってしまう)放り込まれている、引用というのかタダ取りというのか、オマージュとはちょっと見なせないだろう文章たち、会話たちのことだ。

 最初は、おや、オマージュかな、偶然かな、メジャーなことなのかな、くらいに思った。原書房ハードカバー版の134ページ、「イエス・キリストは笑ったことがありますか」から始まる会話の部分だ。この箇所だけなら、別にこんなにわだかまることもなかっただろう。
 しかし、その次のページ、さらに、さらに、さらに、さらに、、、、とそれから先何箇所も何箇所も何箇所もそれは顕れた。

 これは。。。と思った。作中作だよね。女子高生が書いた物らしい。そしてサンドイッチのパンの部分として、この作中作「蛭女」を評する作家飛鳥部とその編集者との会話があるようだ。ならばたぶん、プロローグ部分で編集者がこの「蛭女」に首を捻っていた理由の1つに例えばこのこともあるのではないか。あまりにも他の作家の会話や表現をそのまま使いすぎている。。。そういうことがエピローグにあたる部分で言われ、そしてそれが何らかのミステリ上の伏線になる。。。そんな期待もした。

 何しろ、帯での宣伝文句を読むと、「これは、反則、なのか?」とあり、プロローグで「推理小説に禁じ手などあるのだろうか。」と冒頭の一文で述べられている。きっと相当な自信ある「ネタ」が投入されているのだ。。。
 まずそちらについて先に書いておくなら、「初稿→暫定稿」を上手く使って、先行諸作品にもあった「登場人物外の人間が犯人」を成立させていると思う。ある程度成功した作品ではないだろうか。
 しかし、それよりも、やはりわだかまりが大きい。これは――

 先に、「あまりにも他の作家の会話や表現をそのまま」と書いた。少し検索してみたのだが、ネット上にそれについて書かれてある物を発見できなかったので、とりあえずここにまず記してしまいたいと思う。

 他の作家、というのは三原順。作品は彼女の代表作である「はみだしっ子」シリーズのこと。
 最初に引っかかった「イエス・キリストは笑ったことがありますか」は、そのシリーズの内、パート15にあたる「カッコーの鳴く森」の中で書かれていた物だ。白泉社文庫「はみだしっ子」第4集に収められている。

 「誰のための綾織」原書房ハードカバー版134ページにはこうある。

 「イエス・キリストは笑ったことがありますか」
 「さあ?」
 「聖書の中に、イエスが笑う場面は出てこないんですよ」
 「一度も?」
 「ただの一度も」
 「私、笑わないような男とは付き合いません。精神衛生上、よくありませんから」

 一方、「はみだしっ子」第4集46ページ。

 「イエス・キリストはさ、笑った事があります? 聖書に一度でも出てくる?」
 「…いや…一度も」
 「そうでしょう。そしてボクはね ボクの精神衛生上“笑わない様な奴とはつきあうな”って考え方になれ親しんでるものですから」

 この部分だけなら、先述したとおり、そんなにわだかまるほどの事ではない。しかし、この後、あまりにも次から次へという感じに、この「換骨奪胎」は頻出し始めるのだ。
 この同じ134ページでの数行先。

 「“目には目を、歯には歯を”には、二つの意味があります。“目を潰されたら、潰し返せ。歯を折られたら、折り返せ”これは、“許可”の意味ですよね。相手にやられたことと同じことを仕返ししていい、ということですから。でも同じ言葉には“規制”の意味も含まれているはずです」
 「規制?」
 「だって“目には目を、歯には歯を”であり、“目には目と歯を”ではありません。あるいは“歯には歯と目を”とはいわないはずです」
 「だから目を潰されたら、こちらも目を潰すだけにしなければならないと? それ以上のこと――歯を折ったり、爪を抜いたり、殴ったり、蹴ったり、命を奪ったりしてはいけない、と? だから、私たちを殺すなと?」

 これは、やはり三原順の同じ「はみだしっ子」第4集に収録された番外編「整り整とん教室」、289ページのジャックのセリフと同じだ。

 「アンジー 何か…勘違いしてるんじゃないかい? “目には目を”というのは確かに目をつぶされたら相手の目をつぶしてもいいという事だけど、目をつぶすだけ…それ以上殴ったり生命をとったりしてはいけないという…規制の意味もふくんでるよ」
 「え?」
 「だから――“目には目を・歯には歯を”で、“目には目と歯を”じゃないだろう?」

 そしてさらに数行先、ページは次の135ページに進んでいるのだが、
 「言葉遊びなら付き合ってあげますけど、公正の徹底は不公正に通じます。よくいわれることでこんな質問があります。公正とは、身長の高い人には長いベッドを、低い人には短いベッドを用意することなのか。それとも、どちらにも同じサイズのベッドを与えることなのか。あなたはどう思います?」

 三原順「はみだしっ子第5集」209ページでのグレアムのセリフ。
 「昔から『公正の極みは不公正の極み』と言って…ノッポには長いベッドを、チビには短いベッドを用意するのが公正か、同じサイズが公正か。それどもとにかく“公正”にやらなきゃならないんだろうね」

 さらに次の136ページ、聖書の「神よ、私のために清い心をつくり、私のうちに新しい正しい霊を与えてください」という祈りの言葉に対しての会話。

 「智子の霊は、もともとは清らかだったのに、あなたが卑怯で傲慢なことばかりするから、間違った霊となってしまった。それ故お祈りをして、新品でピカピカの清らかな霊を貰ってしまおう」
 「入れ歯を交換するみたいに? ずいぶんないいようですね、モネ」
 「でも“新しく”与えよということは、このままではまずい、と思っているということでしょう? 智子も瞳のことに関しては、内心反省している、とか?」

 これは先の「カッコーの鳴く森」のグレアムとマックスの会話。「はみだしっ子第4集」の56,57ページ。
 「グレアム! お祈りすれば新品の魂もらえるってさ! 自動車の部品交換みたいだね」
 「『新しい』なんて言うからにゃ、今の自分じゃマズイと思うからだろうし、本気で願えば…まあ、マズイ事への自制心は強くなるだろう」

 たった3ページの中でこれだけあるのだ。1つ1つをとってみれば、騒ぎ立てるようなものだとは思わない。先行する作家、作品の印象的な会話やセリフ、表現など、再利用したり、オマージュとして引用したりはよくあることだ。
 だが、なんの但し書きも無しに、これだけ詰め込まれているというのは、なんの意図だろう、と思った。きっと何かのミステリ的な伏線か、、、それとも、三原順の愛読者で、とにかく詰め込まずにはいられなかったのか。。。
 最後まで読めば、きっと分かることだろう。。。
 と、じきに、150ページでこれまでとは比較にならない「引用」にお目にかかってしまう。

 「ずっと昔の話です。祖母が死んだんです。大人たちは葬式の準備に忙しくて、私の相手などしていられませんでした。だから近所のお姉さんが、私を映画に連れ出してくれたんです。和製のくだらないコメディ映画が掛かっていました。ストーリーなんてなくて、最初から最後まで、お笑い芸人がドタバタ騒いでるだけなんです。でも私、映画館で見るのは初めてだったから、滑稽で、ひたすら笑い転げて、とても楽しかった。もちろん最後はハッピーエンド。そして私は、ハッピーな気分のまま、家に帰ってしまったんです」
 先生は黙って先を促す。
 「私は楽しい気分のまま、気持ちを切り替えることもせずに……切り替える必要性を知らなかったものだから……みんなに接しました。人々の顔色にも気付かずにね。で……葬式で大わらわな大人たちの、足を引っ張ったんです。その結果、周囲が私にどういう評価を下したか、わかりますか」

 これは、「はみだしっ子第5集」119ページからのグレアムがパムに語る昔話と同一のものだ。死んだのが祖父で、つれていってもらったのが芝居だという違い以外まるっきり同一のエピソードなのだ。「ボクにどういう評価を下したか」のように、表現までが酷似したものなのだ。
 昔話のあと、「綾織」の主人公が「私、悪い子なんです。自分でもそう、思いこんでしまったんです」と述懐するセリフ、これさえも、「ボクは…自分がそういう者なのだ…と、思い込んでしまったんだ」というグレアムのセリフと同じである。

 さらに、としつこいようで憚られるが、それだけ在るわけなのであり、続く152ページから「ナチの収容所」の話が語られる。これは「はみだしっ子第4集」、やはり「カッコーの鳴く森」の中で、60ページからアンジーが「そんな連中の事、本で読んだ事ある」という切り出しで言い始めているのでさらに元ネタがあるのだろうが、どうも「綾織」の方は「カッコーの鳴く森」での書きぶり、表現を親本として孫引きの書き方をしているようだ。

 そして続く155ページでは「カインとアベルの話」があり、これもまた「はみだしっ子第5集」393ページから幼い日のグレアムが幼なじみのエイダに話している内容とだぶっている。

 このナチの話、カインとアベルの話は、元ネタになるものがあるから、、、とも考えられるが、そう考えようとする矢先、156ページで、

 「例えばね、料理ってあるでしょう? 私、調理実習の時、教師の指示通りの火加減で作ります。材料だって、テキスト通りの分量をきっちり量ります。けっこう几帳面だから、先生から高い点数ももらえるけど、それを自分の料理とはいえませんよね。これは私の料理ですって、人に差し出すのは、ごまかしです」
 「厳密にいえば、そうでしょうけど……」
 「由香里なんてね、いいかげんに調理するんですよ、自分の感覚だけを頼りに。材料の分量なんか勘で、ものすごくデタラメ。それでいて、美味しいんです。私のよりずっと旨いんです。《私の料理》に、なっている。でも私のは、偽ものです」

 と書かれてしまう。「はみだしっ子第5集」327ページで、グレアムが言っているのは次のセリフだ。

 「例えば…昔 ボク達、食事当番は交替制だったんだけどね…アンジーは自分の舌をたよりにつくるんだよ…材料の分量なんか勘で…それでも最後には何とかものにして…ボクは…本を片手に指示通りの分量計りながらつくるんだ…もしそれで誰かがほめてくれたとしても、それをボクの料理だと言うのは…何か間違えてるね…」

 これらは会話であり、セリフであるが、地の文にしても、主人公の一人称として、そのまま「はみだしっ子」たちのセリフや内面描写のものがそのままの形でナマに綴られていることも多い。「損なわれた心の埋め草になるのか?」なんて、他の作品ではまずお目にかかったことがない表現なのだが。

 328ページの地の文。

  死体を踏みつけにして生きてきた。瞳を死に追いやって、のうのうと暮らしてきた。それでも、陽射しに月のかげりに、心を休めることができた。人の言葉に、しぐさに、心地よい温もりを感じることすらできたのだ。あの事件が、遠い昔の悪い夢のように思いこみ、仲間には口封じをし、他人には打ち明けず、私は自分自身の心にさえ、信じさせようとはしなかった。本当に、一人の少女が自殺したのだ――とは。瞳の死が、今では鹿取モネを追い詰めはしない――私の存在を肯定も否定もしない、そんなものに風化してしまった……と、思い込もうとしていた。

 これは、「はみだしっ子第5集」323ページ、グレアムの独白そのものだ。

  だってマーキー…どうして信じられよう? ボクは死体を踏みつけにしても生きてゆける。
  陽射しに…
  人の言葉に…しぐさに
  心地よい温もりを感じる
  そんな日にはボクは
  あの事件が
  夢の中の事の様に
  思いこむのだ…
  そしてボクは
  ボクの心に
  打ち明けようとはしない
  本当に一人の男が死んだのだとは……
  もうボクを甘やかせてはくれぬもの
  けれど…殺しもしないもの
  ボクの存在を
  肯定も否定もしない
  そんなものに
  なってしまったのに

 。。。同じですね。
 ここに挙げたものは、あくまでも「幾つかの例」に過ぎない。他にも、まだまだ「はみだしっ子」からの「換骨奪胎」としか見えない表現は数多くある。

 そして、きっと何かの伏線だろう、エピローグで、、、という期待は果たされず、そして「あとがき」があったので、「あっ、あとがきだ。きっとここで触れられているんだ」、、、というのも外れてしまった。「記念すべき第十長編」だそうで、「地道に努力を重ねて、第十作出版の願いが叶った」のだそうだ。

 せめて、、、せめて、一言欲しかった。。。どんな形でもいいから。
 死んでしまった三原順には、もうわからないし、何もできないので。。。
 たぶん「はみだしっ子」を愛読している同志なのだろうから、わだかまりだけとりあえず吐き出したけれども、だからどうとは言わない。できたら、次の版からにでも、あとがきにでも、或いはエピローグにでも何でもいいから、一言添えてはもらえないだろうか。。。

 そうそう、ミステリ部分についても言っておかないと、いくら何でも悪いだろう。
 365,366ページ、由香里の時計のくだりがあるのだけれど、ここは書いてある文章と書いてある時間とが矛盾してませんか?

↓この記事については、このブログにとっては非常に多数のコメントが寄せられることとなりましたので、画像の下から追記として残しておくことにします。


誰のための綾織

はみだしっ子(第4巻)
はみだしっ子(第5巻)

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