刑事コロンボ「もう一つの鍵」

過失として処理され、状況証拠しかない殺人事件。しかしあくまでも殺人事件と睨んだコロンボは、確証を得るため巧みな捜査を行う。

 この犯人は、決して知能犯ではない。
 さんざ頭を絞って考え出した殺害計画は、初手から計算違いを連発し、それを拭い隠しながらやっとの思いで達成するものの、あとからあとから出てくるミス、やり残し、エトセトラ、エトセトラ。。。
 これくらいダメダメな犯人だと、当然コロンボなど出てこなくても、勝手に自滅していくはずなのだ。
 でも、なんの助けか、なんとかかんとか無事に進んでしまう、、、けれども、私生活はぼろぼろ崩れていく。
 だから、このエピソードは、コロンボ対名犯人、というドラマではなくて、犯人が主役の、1つの「ただのドラマ」で、コロンボは犯人の人生に現れた或る1人の石ころなのだ。

 「ホリスター将軍のコレクション」にもそのきらいはあったが、こちらはまだ「コロンボ対犯人」の対決ドラマという部分が主体だった。だから逆に、物足りなさをおぼえてしまったのだろう。それに比べれば、この「もう一つの鍵」は、コロンボを脇に追いやることで、ドラマとしてはずっと面白いものになっている。
 それでもまだいろいろ足りないところはあるのだが、それがやがて後期の「別れのワイン」とか「忘れられたスター」になっていくわけなのかもしれない。

刑事コロンボ 完全版 Vol.4 もう一つの鍵/死の方程式
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辻真先「仮題・中学殺人事件」

推理小説史上、さまざまな意外な犯人が考え出されてきたが、かつて読者を犯人にした作品があっただろうか。そう、この本の犯人は「きみ」なんです。不可能状況で起こる事件、時刻表トリック、そしてマンガの世界……著者会心の傑作登場!

 たぶん、自分自身もまた中学生の時に読み始めた。。。
 「仮題・中学殺人事件」。「盗作・高校殺人事件」。「改訂・受験殺人事件」。たぶん、のちのち延々と続いたこのキリコと薩次のコンビの物語の、最初の3部作(だろう)の3冊目、「改訂。。。」を1番最初に読んでいたはず。
 ミステリの遊びの部分というモノにとても魅かれていて、「読者が犯人」「犯人と探偵と被害者が同じ」など、辻真先の「ネタ遊び」をとても楽しんでいた。

 この「仮題・中学殺人事件」のネタは、「読者が犯人」。この手のネタには初めて出会っていたはずで、とても興奮して読んだんじゃなかったろうか。
 なんだこりゃあ、という声もあとからあちこちで見かけたけれど、僕にはとても面白い仕掛けだった。。。

 ジュヴナイルのはずの割りに、「処女」とかいう言葉がひょいと出てきて、刺激的とも感じたはず。

 「頃で」と「頃に」の違いはピンとこなかった。今でも来ていない。

 ずっと頭に残っていたフレーズがある。最後の、(チトニヤ……チトニヤ・スペシオサ)。何かというと、このフレーズが浮かんできた。とてもせつなくなって。。。

 今回読み返して涙モノになってしまったのは、。。。「出前におくれて、ごめんよ……」。

 謝り続けなければ、生きていけない。そんな人がこの世の中にはいる。

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新スタートレック「ファーポイントの遭遇」

「新スタートレック」の第1話。
邦題は各種あり、
未知への飛翔
ファーポイントでの遭遇
デネブ星の怪奇
デネブ星の法廷
いずれもこのエピソードを指す。

 テレビでこの「新スタートレック」が放映されはじめたとき、この第1話はパイロット版ということで放映されていなかったはず。この辺、「新必殺仕事人」と「必殺仕事人III」の架け橋となる「仕事人大集合」が放映されにくい点と重なる。というより、「必殺仕事人V」の事実上の第1話になるスペシャル版「必殺仕事人意外伝「主水、第七騎兵隊と闘う」大利根ウエスタン月夜」の方に近いか。これも全然放映されないので、「必殺仕事人V」の第1話「主水、脅迫される」をいきなり観ると、突然花屋の政と組紐屋の竜という新しい顔ぶれが出現してしまっているということになる。

 それはともかく、この「ファーポイントの遭遇」は、先にノベライズ版を読んで、映像を見られたのはずっと後になる。
 主役のピカード艦長の吹き替えが、51話「守護神伝説」までは吉水慶氏、52話「悲しみの幻影」からは麦人氏になっており、まったくと言っていいほど印象が違うのだが、そういう事情で、この第1話は麦人氏が吹き替えているため、通して観ると、続く第2話でいきなり吉永慶の声になっているのが何とも変(笑)。

 登場する「Q」という超絶存在が何ともキャラクター的に好きになれなくて、こいつが出てくるとあまり乗れない。けれど、140話「運命の分かれ道」や、最終回「永遠の旅」あたりになると、この「Q」が何とも味のあるキャラになっているのが不思議なところ。

 まだこの第1話はパイロット版で、トロイの能力とかが本編とはかなり感じが違うけれど、それよりもなによりも、データのキャラがやはり大きい。この初期時点では、コミックリリーフという感じで、ギャグ担当にすら近い部分すらあるようだ。これが、話数が進むにつれて、本当に安心感のある副長クラスになっていくのだから、生きたキャラクターとはこういうものかな、と思ったりする。
 それはウェスリーについても同様で、「ウルトラマン」や「仮面ライダー」でもそうなのだが、こういう特撮SF番組に子どもキャラが出てくると、どうも“子供だまし”にストーリーやテーマがいってしまいそうで嬉しくないのだが、ウェスリーにもその懸念があった。それがやがて、118話「悲しみのアカデミー卒業式」のような話につながっていくのだから、、、

 この「新スタートレック」ほど、ストーリーとキャラクターの成長とが密接にリンクしていたシリーズはなかなか無いんじゃないかなと思う。

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歌野晶午「葉桜の季節に君を想うということ」

ひょんなことから霊感商法事件に巻き込まれた「何でもやってやろう屋」探偵・成瀬将虎。恋愛あり、活劇ありの物語の行方は? そして炸裂する本格魂!

 これは驚いた!
 いやー、先んじて、どこぞのサイトで「信用ならない語り手」みたいな意味のことを読んでしまい、おかげで眉に唾をつけながら読んでいったのだが、そんな唾に効き目はなかった(笑)。
 そしてまた、どこぞの(最前のとは別だったかもしれない)サイトで「一人称の小説で、語り手が読者を騙すのは、その理由が無いのだからアンフェアだ」みたいな意味の感想文を読んでしまい、「そうかな? とりあえず、たとえばアガサ・クリスティ「アクロイド殺し」では、基本的には犯人はポアロを騙すつもりの手記としてあれを書いたのだそうだし、辻真先「仮題・中学殺人事件」では、とにもかくにもあれでなければ「読者が犯人」(注・これはネタバレではありません)にならなかったのだから、書きようによっては一人称の「語り手」が読者を騙す形になっていても、アンフェアではないのではないか。ここはひとつ、己が目で確かめてみるか」などと挑戦心を燃やし、読んでしまった。
 むーん、しっかりつばが乾ききってしまった。こう来るとは思わなかった。むしろ、先走って「信用できない語り手」みたいな情報を得てしまったので、さてはこの語り手こそ悪い奴か、みたいに微妙に思ってしまったので、「葉桜の季節に君を想うということ」という抒情的なタイトルに胡散臭さを感じてしまった。ところが、どんでん。このタイトルはこのタイトルの意味があるわけなのだった。そして、もちろんこの小説の叙述トリックのネタは、思いきり西澤保彦の「神のロジック人間のマ○ック」や殊能将之の「鏡の中は日曜日」とかぶってしまうのだが、自分自身で思い込んでいるとか、知性の衰退とか、そういうことではなく、むしろ、最も自然な叙述トリックになっているのではないかと、逆説的かもしれないが思ってしまう。そして、つい「補遺」の部分を先に読んでしまったにもかかわらず、全然気づけなかった自分に脱帽←脱帽の意味が違うって。勘の鋭い人は、というか、たいていの人は私より勘が鋭いので、「補遺」を先に読んじゃわないようにしたほうがよろしいよー。
 ダブルミーニングに乾杯。ぜひ、もう一度読み返したい。

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刑事コロンボ「二枚のドガの絵」

私の場合、倒叙ミステリといえば鮎川哲也の短編がスタートラインだったと思うので、コロンボでも古畑任三郎でも、「完全犯罪のはずが、犯人の些細なミスからそれが崩壊する」というのが好きなんです。そして、そのミスというのが、読んでいる読者のこちらからして「あっ!」と思うような意外なものだとパーフェクト。

 これが、ずるい刑事が罠をかけて犯人に要らぬ口を滑らせて、、、という感じだと面白みは半減するし、ましてや犯人は完璧だったけれど共犯者がドジを踏んでとかになると面白みは殆どなく、、、
 つまりは、名犯人でさえ自分で気付けなかった些細なミスを看破する名探偵という、「名探偵対名犯人」の図式、頭脳戦が好きなわけかもしれません。

 さて、この「二枚のドガの絵」は、しかし実は前述の「犯人の些細なミス」「探偵役の罠」「共犯者のドジ」のいずれでもない。強いて言えば探偵役の罠に近いのかもしれないけれど、寧ろ偶然に発生させ得た罠、そしてまた同時にそれが偶然に発生させ得た犯人のミスであり、偶然であるが故に犯人の逆襲は当然予期され、、、その逆襲に対して探偵役がどう先手を取れるか、という読み合戦のような頭脳プレイ対決だった、、、そんなふうな面白みを感じました。

 余分な付け足しもない、鮮やかなエンディング。こういうのが倒叙ミステリの切れ味だろうと、見直してみて、まあそんなことを思ったりしたのでした。

刑事コロンボ 完全版 Vol.3 ホリスター将軍のコレクション/二枚のドガの絵

スタートレック「タロス星の幻怪人」

スタートレック宇宙大作戦。
パイロット版 "The Cage"を再編集し、新たなドラマに挟み込む形で新たなストーリーを作り上げた。


 宇宙大作戦の中でも、唯一の前後編だけあって、とても充実して最もシリアスで感傷的なドラマに仕上がっている。
 元々パイロット版で登場人物もスポック以外異なる(スポックのキャラクターもなんだかちょっと違う(笑))"The Cage"を、カーク船長が乗り込む前のエンタープライズの物語と位置づけ、このパイロット版での主人公だったエンタープライズ号前船長クリストファー・パイクが廃人となっているというハードな冒頭から、"The Cage"の物語を映像記録という形で挟み込んで展開していく。。。

 そして、感情を否定し、論理にのみ従うヴァルカン人であるミスター・スポックがなぜ非論理的な行動をしたのか、パイク船長の運命は、カーク船長の選択は、という濃厚なドラマと、どんでん返しとも言える意外なエンディング、ハッピーエンドなのかバッドエンドなのか考え込まざるを得ないラスト、とまるで新スタートレック以降のシリーズを先取りしたような、ふだんの宇宙大作戦とはカラーがかなり違う作風になっているのだ。

 このラストは、たとえば「スペース1999」の日本未放映エピソード THE BRINGERS OF WONDER での選択と対になるものだろう。
 しかし、かりにコーニッグ指揮官だったとしても、このカーク船長の選択を否定できるとは思えない。。。
 これはやはり、個人の選択ということか?
 それとも、もっとさらに、この「現実」も究極的にはバーチャル・リアリティーと変わらないという発想に行き着くか。。。。。。。。。。

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はみだしっ子Part6 レッツ・ダンス・オン!

 印象の濃淡ということで言えば、「動物園のオリの中」同様にあまりピンと来るエピソードでない。
 ひとつには、前回が濃密な中編「階段のむこうには…」だったから、というのがあるだろうし、もうひとつは、私個人が「ダンスして発散する」という行動に経験も関心もない、ということがあっただろう。
 グレアムとアンジーがディスコで激しく踊り、その感情の放出の中で、特にグレアムの「殻」が損なわれて行く――これは、のちのちの「トリスタン」でいかにも陽気そうにピアノを弾くグレアムの「前哨戦」なのかもしれないが……

 ひとつ記憶に残る部分を挙げるなら、ダンスで荒れ狂ったあと、それを振り返ってアンジーが言うセリフ……「あれは刹那的だ」と――。
  あそこ…せつな的だ
  離れ小島でひとり遊びしてるみたいだ…
 むしろ、この評価こそが読んでいた私にもしっくりくるものだった。一過性の、本当に一時の感情の狂奔。それは、酒にしろ、他の何かにしろ、決して「解決」ではないし、読んでいた当時の私には「逃避」にしか思うことさえ出来なかった、だから、このエピソードにはあまり……そういうことなのかもしれない。

 そしてグレアムは独りごちている。
  ボクはもうボクなんか信じないよ…

  手を握りあうよりもっと強い助けを…
  さもなくば手を握る相手もいらない
  ――いっそすっきりあきらめがつく――

 グレアムは、ここで初めてのように認識した。自分に対してさえ捨て鉢になっていても、例えばマックスを「ダシにしていれば」、自分を自分で支えられる。。。

 キャプテン・グレアム。。。

 そして、グレアムはその認識をずっと引きずっていくことになるのだ。。。


三原順「はみだしっ子」

刑事コロンボ「死者の身代金」

犯人役はリー・グラント。
自作自演の誘拐殺人劇を演じる女弁護士との対決を描く。


 このエピソードも、コロンボではよくある「犯人を罠にかける」タイプのものだが、個人的には「パイルD-3の壁」のようなのはダメで、「権力の墓穴」のようなのはグッド。この違いは、ひとえに、観ているこちらも「あっ!」と思える意外性があるかどうか、に尽きる。

 倒叙もので見応えがあるのは、犯人は完全犯罪のつもりだったのが、思わぬ見落としがあった。。。そしてそれは、観ているこちらにも頭脳を絞れば解る可能性があるもので、、、という知恵比べ的なパターン。「アリバイのダイヤル」なんかが具体的か。
 犯行自体にはミスがなく、その後の探偵役とのやり取り等でボロが出るタイプもある。が、さすがに知能犯でどうしても尻尾が掴めない、、、その時にコロンボが持ち出すのが「罠」。
「パイルD-3の壁」や「意識の下の映像」では、罠の存在が観ているこちらにあまりにあからさまなので、最後のサプライズという点で物足りなさが残ってしまう。「権力の墓穴」の秀逸さは、コロンボの「罠」の存在自体が視聴者さえ騙しているところにあるはずなのだ。

 さて、この「死者の身代金」では、頭脳戦というより心理戦のところが強い。だから、最後の「罠」も、コロンボが犯人の心理を逆手に取ったかたちになっている。そこが、罠の仕掛けが明かされたとき、ポンと膝を打つ出来の良さにつながっているのだ。
サプライズとまではいかないが、コロンボの頭脳の冴えを感嘆できるのは確かだろう。

 パトリシア・マティック演じるマーガレットが見事なキャラだっていうのも大きいけどね(笑)。

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我孫子武丸「弥勒の掌」

ある日突然、妻を殺され、汚職の疑いまでかけられたベテラン刑事、蛯原。
失踪した妻を捜し求めて、ある新興宗教団体に接触する高校教師、辻。
錯綜する事件、やがて驚愕の真相が…。


↑という紹介文があり、しかも目次を見ると、「刑事」側と、新興宗教に接触する「教師」側が章ごとに交互に書かれているらしい。。。
 どう見ても貫井徳郎「慟哭」か?、という感じでしょう(笑)。で、そこまで似た印象を先に与えさせてしまう作品をどう書いているのか、どういう作品になっているのか、、、という興味を持ちながら読みました。

 構造的には、「慟哭」のように最終最後で2つの章が融合して云々までには至らず、中途でしっかりこの刑事と教師は遭遇し、そして、、、と進んでいくのですが、ある一点に於いては、「慟哭」と近いネタも投入されています。
 そして少なくとも、2つの事件の犯人像については、驚き自体は存在しました。片方の被害者像についてもか。

 しかし、これは、かつての「殺戮にいたる病」での驚愕を知ってしまったからには、強いて言えばセンスのいい折原一、というレベルになってしまうでしょう。
 なんといっても、このエンディングに「うーん」と思ってしまいましたから(笑)。この終わり方、この書き方は、これは長編として考えていいものか。。。短編なら可でしょうが、このサプライズネタ自体は長編でこそ生きてくるものでしょうし。
 これが鯨統一郎作品だというのなら、見事だ、よくやった!というところでしょうが。。。

 「微妙。。。」というのが一番読後感として明快かもしれません。


我孫子武丸「弥勒の掌」



はみだしっ子Part5 階段のむこうには…

 「ボクだって片目だ」……と、前回でグレアムは言った。
 そして今回はそのグレアムの物語になる。

 四人組が生きていくための生活資金は、時々グレアムが銀行から引き出してきていた。
 「それはグレアムのお金なの?」と以前アンジーが聞いた時、グレアムは、「それはまだ話したくないんだ……」と濁した。アンジーも追及はしなかったのだが……

 グレアムに呼び出しが来る。相手はエイダ・ムア。行き場所のなかったまま、指定されたホテルに赴く四人組だが、グレアムの表情は暗かった。

 エイダは、グレアムの従姉だった。そして彼女はグレアムを憎んでいる。なぜなら、エイダの母は自殺し、その責任がグレアムに有ると思っているからなのだ。
 エイダの母はグレアムをとても可愛がってくれていた。グレアムの父はピアニストで、グレアムに厳しく接した。母のないグレアムには、エイダの母は優しい拠り所だったのだ。そしてそれはエイダには不快なことだった。
 遊んでもらいたがって母にまとわりつくグレアムに、エイダは怒る。「ママは体が弱いのよ!」しかし、「私は元気よ! 心配せずにさあ!」。そしてグレアムは甘えて行った……
だがそれはグレアムの父にとっても望ましいことではなかった。ピアノの練習時間が損なわれると思ったのだ。

 やがてエイダの嫉妬だけではなく、危惧の通り、エイダの母は病床につき、淋しいグレアムは彼女のくれた子犬を遊び相手としていたが、それもまた父の不興を買った。そして……
 「犬と遊んでばかりでピアノの練習をなまけていたようだな――犬がいるからピアノの方を向かないのか?」
 父がステッキで犬を打ち据えようとし、グレアムはそれをとめようとして――
 父のふるった暴打は犬を殺し……グレアムの右眼を奪った……

 そして後になって、おばちゃまに天国への階段を踏みはずさせた!

 「かわいそうに」とエイダの母は言い、自分が死んだら自分の目をあげようと言う。グレアムの父が言い出したのだ。
 「彼女はもう……どうせ助からないのだろう? 死んだらサーザに眼をくれ!」
 グレアムは聞いていた。
 「君の奥さんが死んだら眼がほしい!」
 おばちゃま!
 エイダも聞いていた。
 「ママから眼を盗るつもりね――泥棒!」
 そして、やがてついに……エイダの母は自らの命を絶った。サーザに眼をあげて、と……

 「誰が……ママは死ぬって決めたの? お医者さまはダメだと言ったけど、もしかしたら助かったかもしれないわ。誰がママに死んだ方がいいと思わせたのよ、サーザ!」
 「エイダ……」
 「人殺し!!」

 さらに、神父から、彼女の葬儀は出せないことを聞く――自殺した人は神の御側を離れた人なのだと――天国には行けないのだと……
 あのおばちゃまが天国に行けない!
 …………
 「すぐ手術だ!」
 と父は快哉した。
 「人殺し!」
 そしてグレアムは……

 エイダの父は言った。そんなに家を出たいのなら、きみの母、私の妹のしてやれなかった分と、妻のしてやりたがっていた分、お金を援助しよう。
 だからグレアムは……
 そしてグレアムは……

 エイダは友達のオフィーリアと2人でホテルに待ち受けていた。エイダの目的は、グレアムを彼の父の許に連れ戻すこと。
 だが、彼女の陰惨な感性はエイダ自身も苛み、グレアムの連れとは知らないまま出会ったマックスの、あどけない笑顔に癒されていく。
 ストーリーは、グレアムを責め糾弾するエイダ、それを甘受するグレアム、そんな二人共へ憤るアンジー、エイダに抵抗を示すサーニン、短い安心を分かつエイダとマックス……と絡み合う。

 サーニンを撲ちながら、エイダの心は泣いている。
 サーザが悪いのよ!
 悪者になりなさいサーザ! 不幸におなりサーザ
 そうでないと私の心には
 安らぎがない。
 泣きなさいサーザ!
 不幸におなりサーザ
 ――そうすれば、私はこんないやな女の子でなくなれるものを!

 そして、
 「このごろあんまり笑わないのね、マックス……」
 と、エイダは淋しげに言う。
 「坊やは笑っていてよ……お願いだから……」
 マックスも、グレアムたちの様子を感じとり、次第に笑顔になれなくなっていたのだ。
 エイダに乞われ、なんとか笑おうとするマックス。けれど、どうしても、できない……
 「ごめんね……ボク……ボク……今……笑えないよ……ごめんね……」
 破綻は近付く。現実は露見する。

 仲間たちの鬱屈が、「エイダ」という名前の「グレアムの従姉」であり、その過去の経緯を知ったマックスは、不意にグレアムに言う。
 「ねェ、グレアム……ボクのこと好き?」
 「ああ……大好きだよ」
 「じゃ……お願い! ボクを嫌いになって! グレアムに好かれたくないの!」
 混乱するグレアム。どういうこと? ボクなんかには……って……こと?
 その足でエイダのところへ行き、誰何するマックス。「グレアムといとこなの?」「ねェ……グレアムのいとこなの?」
 声もないエイダ。
 (マックスがグレアムの仲間だったなんて!……)
 「ボク、グレアムが好きだよ! グレアムもボクが大好きだって言ってたよ……だから。ボクを殺していいよ」
 そして笑顔を取り戻したマックスはそう言うのだ。
 「なんですって!?」
 「ボクを殺していいよ! グレアムがエイダの好きなママを殺したんなら……エイダがグレアムの好きなボクを殺せばおあいこでしょう?」
 「バカなこと言ってないでお帰りなさい!」
 「ボクはいいんだよ。ボク……もっと前に死んでるはずだったの……パパが……ボクの首をしめて……でも失敗して……グレアム達が仲間に入れてくれなければきっと……もう……ボクを好きだって言ってくれたのはあの3人が初めてだったんだよ!」
 「私が憎んでるのはサーザ・グレアムなのよ!! 私――マックスは可愛いわ! 大好きなのよ!!」
 「じゃ、すっかり同じだね。グレアムもエイダのママが好きだったんでしょう?」
 どこまでも無心に言い募るマックスにエイダの心は砕けた。
 「出て行って!」
 「どうして? ボクじゃダメなの? ボク、グレアム好きなんだ! だからボク……エイダ!」
 必死にマックスをドアに外に押しやるエイダ。
 「ボク……もう……グレアムに言っちゃったんだもン……嫌いになってって……ボクを好きなままだと死んだ時いやだろうと思って言っちゃったもン」
 そのマックスの言葉がエイダをさらに打ちのめす。
 (サーザ! 私の好きになる人はいつも私よりあなたが好き!)

 グレアムもまた自分を責め立てずにはいられない。グレアムはいつも黒い服ばかりを着ていた。まるで喪服のように……そして今はまるで自分自身を葬るように……
 「アンジー……悪人には、ベッドは拷問台なんだよ……だから……」
 ボクが動くたび、ボクの手足は誰かを傷つける……誰かがボクのために踏み石になってしまう――ボクにその上を歩めと言うのか?
 もう疲れた! もういやだ! いやだ!!

 窮地を打開すべく、アンジーはなんとか杖無しで歩くトレーニングに励み、成功する。そしてトリックを仕掛け、エイダからグレアムを取り返そうとする。
 「サーザは私と帰るって約束したわ!」
 「オレ達はチェックアウトしたけど、あんた無一文でどうやってホテルを出るの?」
 「私のお財布だわ!!」
 「こういうのをホントの泥棒ってんだよ。ナ! エイダ!」
 「アンジー……ボクは行かないよ」
 「そうよ! 私が行かせないわ。サーザは泥棒であるだけでなく人殺しなのよ!」
 「うるせェ、ホントの人殺しを教えてやろうか?!」
 ついにアンジーのストレスが頂点に達する。アンジーの手にはナイフが……
 「やめろ!! アンジー!」
 叫ぶグレアム。エイダの悲鳴。
 サーニンはアンジーを人殺しにさせないためにエイダをかばい、マックスはアンジーにすがりついて泣いていた。

 「エイダ!」
 ナイフを手にしたまま、アンジーは言い募る。
 「なぜマックスを殺さなかった?!」
 そう詰め寄っていく。
 「マックスじゃ不足なのか。それなら」
 アンジーは、
 「いっそグレアムを殺せ!」
 ナイフを投げ、
 「殺しちまえ!」
 エイダの足下に突き立てた。

 「……マックス!」
 と、うつむいていたエイダが呼んだ。
 「サーザに……伝えて」
 グレアムはすぐそこにいはするのだけど……
 「サーザの右眼……私がつげ口したの! サーザのパパに……彼が犬と遊んでばかりいたって、うんと悪く言ったの。
 私は苦しんで……でも誰かに告白してとがめられるのは恐ろしく……こう思うことにしたの……サーザがわるいんだ……って。
 ママは病気が苦しくて、私を見捨てて逝ってしまったけど最後までサーザのことは忘れなかったわ! パパだってサーザばかり心配して。
 悲しかった! ねたましかった! 不幸になればいい、サーザなんか!!」
 涙の止まらないエイダをそっと支えるオフィーリア。
 「マックス……」
 今度はグレアムが言う。
 「エイダに伝えて…… 『ごめんね』って……そして……『ありがとう』って!」
 エイダはオフィーリアにすがりつき。。。 
 。。。こうして、サーザ・グレアムとエイダとの確執は、仲間たちの怒りや哀しみやを糧にして、あらためて友愛に転換した……

 ああ!
 ボクは信じてしまいそう。
 いつの日にか、ボクの愛する人々がすべて幸せになる日が来ると――

 「あんなに憎んでいたのに……サーザが幸せそうに行ったのに……私、ホッとしているのよ」
 「それでいいのよ、エイダ! それでこそ私の友達よ」
 そう励まし、慰めるオフィーリアは、このコマまでさほど描かれていたわけではなかったが。。。やがて、「フー姉様」として特にアンジーから慕われるようになる女性なのだ。。。

 幸せでいてね、エイダ! ボクのいとこ……

 グレアムはこのとき思っていたのだ。光へ向かって行くんだ! 影をひきずってでも、と。そして、それができるはずだと……
 グレアムは泣きたいほどの気持ちで心から笑えていたのだ。この時!


三原順「はみだしっ子」

貫井徳郎「慟哭」

連続する幼女誘拐事件の捜査は行きづまり、捜査一課長は世論と警察内部の批判をうけて懊悩する。異例の昇進をした若手キャリアの課長をめぐり、警察内に不協和音が漂う一方、マスコミは彼の私生活に関心をよせる。こうした緊張下で事態は新しい方向へ!幼女殺人や怪しげな宗教の生態、現代の家族を題材に、人間の内奥の痛切な叫びを、鮮やかな構成と筆力で描破した本格長編。

初めて読んだ時は、それはそれは驚いて、「これは傑作」と確信した。それから10年ぶりに再読。今度は、仕掛けは判っているので、その「書き方」を楽しみながら読むことにした。
読んでいくと、どうして自分が10年前とても充実して読めたかが解ってくる。同時に、作者の仕掛け方も透けて見える。

読み終えてみて、10年前ほどには評価が高くはならないな、とは思った。けれど、作者自身に、「神のふたつの貌」「殺人症候群」といった、この処女作を超える傑作が生み出されているのだから、これは仕方ないことだろう。。。
貫井徳郎に脱帽。

なお、「殺人症候群」のところにトラックバックいただいた方は「慟哭」について書いておられて、そこに、

「つながりも無く、環境、登場人物の設定さえ明かされていない二つの物語の関連性を一から想像して読まなければならない。それをしなければ文字を追うだけになってしまう。それを楽しめる人はこの小説を、面白いと感じられるかもしれない。」

 と書いていらっしゃる。あまり面白いと感じられなかったのかな、と思ったのですが、どうだったんでしょう?

慟哭 ( 著者: 貫井徳郎 | 出版社: 東京創元社 )

スタートレック「二人のカーク」

スタートレック宇宙大作戦のエピソードの1つ。
ハヤカワ文庫のノベライズ版では「パイリスの魔術師」に収録。


 このエピソードで印象的なのは、単に主人公のカーク船長が2人に分かれてしまうという部分ではない。その2人が、カークの「善」と「悪」であるという、ジキルとハイドの対決的な面白みでもない。

 なにより、「悪」の部分が分離して「善」のみになったカークから、決断力などが失われてしまった、という部分なのだ。これは、子供心に、ある種、眼から鱗が落ちる発想だった。

 人間に決断を促せるために、「悪」の部分が必要だ、というのは、子供にとって意外性満点だったのだ。まだ善と悪ははっきり明白に分かれていて、誰の目にもあからさまに違いないと単純に思っていた頃だったかもしれない。
 しかし、いわば「正義のヒーロー」のようなカーク船長に『カッコイイ』決断をさせる源には「悪」がある、それはサプライズであり、ショックだった。

 「善」だけではできないことがあり、人間にとって善悪は不可分なのかもしれない。。。それは、「はみだしっ子」の「夢をごらん」を読むのよりずっと前のことだっただろうけれど、そして、実はずっと忘れていたことだったのだけれど、この「二人のカーク」のエピソードで芽吹かれた感覚だったのかもしれない。そんな気も、した。。。

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刑事コロンボ「殺人処方箋」

刑事コロンボの第1話。パイロット版に当たる。
犯罪を犯した精神科医にコロンボが罠を仕掛ける。


 私は基本的に、「共犯者」がいるプロットというのは好きじゃなくて、1人の知能犯が全てを支配している。。。というタイプのミステリが好みなのですね。というのは、だいたい、共犯者がボロを出すとか裏切るとか、そういう話を少年時代にやたら目にして、うんざりしちゃったもので(笑)。
 その点でいえば、コロンボシリーズでも最初の「殺人処方箋」、これも共犯者もので、そして私のがっかりするタイプのラストだったのだけど、ただ。。。映像本編というより、ノベライゼーションの方で、コロンボがこの共犯者たる犯人の愛人に対して、あんたはこの私にずっとつきまとわれる、犯人の助けなんかは当てにならないぞ、あんたは――

 「独りで戦うんだ」

 と言う、この「独りで戦うんだ」と脅しているのか励ましているのかよくわからないようなセリフがなんだか不思議に気に入ったので。まあ、記念すべきコロンボ第1作という意味もあってですが(笑)。
 さすがにパイロット版なので、まだコロンボのキャラクターが後々とは違ったりしています。何しろパリッとしてかっこよさげ(笑)。

刑事コロンボ 完全版 Vol.1 殺人処方箋/死者の身代金

スタートレック「光るめだま」

スタートレック宇宙大作戦第1話。
ノベライズ小説のハヤカワ文庫「宇宙大作戦」シリーズでは、「未踏の果て」(「パイリスの魔術師」に収録)。


 小学生の頃だったと思うのだけど、土曜か日曜の昼に初めて放映されたんじゃなかったか?
 その時のオープニングは現行のものとは違っていて、「私がカーク船長です。。。彼が副長のミスター・スポック。彼が。。。」みたいに、カーク船長はじめレギュラークルーのカットが「スパイ大作戦」のメンバー選別シーンよろしく変わりながら、矢島正明の声で紹介されていく、そんなふうだったと覚えている。あのオープニングはもう観る機会はないのかな?

 この第1話は、 "The Cage" 「歪んだ楽園」に続く第2のパイロット版だったらしく、第2話以降の映像とはいくつかの点で異なっているのだけど、それはともかく、乗組員が超能力に目覚めて性格も一変していく、、、というストーリーはいかにもSFサスペンスしていて、とても魅力的なものだった。そこへギミックとして「光る目玉」が超能力者の証として出てくる。目玉の光が無くなったときは、元の人格に戻れている、、、そういった部分もスリリングで、本当によくできたパイロットだし第1話だったと思う。

 この「光る眼」「超能力」といった部分はもちろん、先行するSFのアイデアはあるわけだけれども、もうこの辺りはタイムマシンと同じで共通設定みたいなものかしらん? ただ、小学生の自分にとっては、これが初見だったかも。

 まだ「スタートレック」なんてタイトルじゃなくて、「宇宙大作戦」。たぶん毎週のように見ていたと思うけれど、あとあとまで覚えていたのは、この光る目玉の話と、高速人間の話、OK牧場の話、の三本くらいだったと思う。つまりは、SF的アイデアに「あっ」と思ったものが記憶に残っていたんだろう。
 そしてもちろん、キャラクターとしては、ミスター・スポックは印象的だったみたい。

 今、あらためてシリーズを通して観ると、さすがに古めかしいし、素直に面白いばかりとは言えないけれど、それでもやっぱり値打ちはあるシリーズだったんだなあ、とは思う。

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刑事コロンボ

 私がコロンボに「出会った」のって、たぶん中学の頃じゃないかと思うんですが、いっとう最初にたぶん「構想の死角」を見たんですよ。
 それまでの「刑事○○」ものって、「太陽にほえろ」というか、「夜明けの刑事」というか(うっ、古い。。。)、「事件」が起きて、みんなで捜査して、なんだかその結果「真相」がわかって、みたいな、「推理」のかけらもないものってイメージだったんですよね。
 で、何の気なしにテレビを見てて、「刑事コロンボ」てのが始まって、「ああ、刑事物か。。。」みたいな感じで、「スタスキー・ハッチ」とかを見るような気分で(これも古い、笑)見てて。。。

 「構想の死角」って、あとで知ったんですが、かなりコロンボの最初期作なんですね。そのせいか、実に凝った作りで、見ながら。。。

 「あれ、この刑事はなんだか着眼点が鋭いな。。。あれ、何てとこに目を付けてるんだ、このよれよれは。。。ええっ、ドルリー・レーンの仲間か、あんたは!。。。コ、コロンボとかいったな。。。やるじゃないか!」

 てな感じで、一気にこのミステリオタク中学生は一気にコロンボ君に参ってしまったわけです。それからせっせとNHKを見て、ノベライズを読んで、、、

 倒叙ものだから、「あっ!」というのは「どんな手抜かりか」とか「そんなものが証拠に!」とか、鮎川哲也さんの一時期の短編の妙味と同じようなところだったんですが、やっぱり「二枚のドガの絵」とか「歌声の消えた海」とかには「おおっ!」と思いました。「ルーサン警部の犯罪」なんかもそうかな。

 コロンボさんの頭脳と名犯人の頭脳がぎりぎりのところで火花を散らすのが好きでした。。。

 今や、過去形ですな。
 だって、賢くないんだもの、新シリーズの犯人って。きっぱりと。
 新シリーズも、「目先」での工夫じゃなくって、コロンボとしての本質のところで工夫して、勝負してきて欲しいなって、やっぱり思ってしまうのでした。


刑事コロンボ 完全版 Vol.2 構想の死角/指輪の爪あと     刑事コロンボ完全事件ファイル ( 著者: | 出版社: 宝島社 )

貫井徳郎「殺人症候群」

捜査課が表立って動けない事件を処理する警視庁内の特殊チーム。リーダーの環敬吾は一見無関係と見える複数の殺人事件の繋がりを探すよう部下に命じる。一方、看護婦の和子は、事故に見せかけて若者の命を次々に奪っていた…。
「失踪症候群」「誘拐症候群」に続く、「症候群」シリーズ最終巻。


 「失踪症候群」「誘拐症候群」に続く三部作完結編。これは、警察に設けられたスパイ大作戦的チームを主人公メンバーにしたような連作なのだけど、前2作は、駄作ではないし面白いのだけど、特筆すべき感銘も驚きも私にはなかったので、実はよく覚えていない(笑)。

 けれど、この完結編は、前評判の「スパイ大作戦対必殺仕事人」「ハングマン対必殺」とかいう、あまりにもネタ的なものとは裏腹に、非常に面白かった。いや、紛れもなくスパイ大作戦対必殺仕事人だったのだけど(笑)、この作者の貫井徳郎がちゃんと本当に必殺者だった点が、この作品を必殺まがい物ではなく、しっかり「作品」として成立させていたんだろうと思う。

 一般ミステリファン(こんな言い方があるかどうかは知らぬ)にも、この作品は貫井徳郎作品としては割とメジャーで(TT)、『金で恨みを晴らす、まるで必殺仕事人みたいだけど、実はすごく重いテーマのミステリ』というふうに、必殺が実はすごく重いテーマとして観られるテレビ番組だ(だった)と思ってもらえてないと解る好評ぶりで(T.T)(T.T)。

 まあ、その辺の、前期必殺者としての愚痴はさておき、ミステリとして見たときも、さすがは貫井徳郎という仕掛けが施されていて、充分に堪能いたしました。

 実は、半年前に読んだものを今再読しかけているのですが、まんまと引っかかったネタについて今度は「うーん、うーん、なるほど、さすがだ」と再確認しながら読んでいるところ。

 時々、後期必殺で散見された「名セリフ」がわざとらしく模写されているのはご愛敬。

 特に前2作を読んでいなくても、これだけで楽しめるとは思いますです。

↓つづき

恨み、復讐、人が人を殺す、そういったことへの徹底した物語としては、この「殺人症候群」以上のものを今のところ知らない。刊行後、年に一度「殺人症候群」は読み返しているが、読み返せば読み返すほど、この小説の凄み、重み、悲しみをより一層感じさせられる。
 もう勘弁してくれ、というところもあるくらいだ。。。
 勘弁してほしいので、その辺りについては触れない。
 ミステリとしての部分について追加するなら、もっとも「騙し」のテクニックが発揮された或る人物の「正体」については、物凄く今さらながら、実は意外でもなんでもないはずだったのだと気付いた。なぜって、中村○水は仕○人に決まっていたのだから。。。
 3年目になってやっと「あー」と思ったんだから、バカみたいだね(笑)。(おっぺ)

「必殺仕事人」もIIIの中盤辺りからは一気に「あっけらかん」化に加速がかかり、もうナンも考えずにバラエティを見るように観ていられました。
 「必殺仕置人」が「悪の上前をはねる極悪」と山崎努らが自分たちを規定して始まりながら、「なんだかまともな人間になった気がする」などと気持ち良く思ってしまった直後崩壊し、続く「暗闇仕留人」では石坂浩二が難病の妻のために中村主水のスカウトにのって仕置人になりながら、途中それがために逆に妻を失い、最後には「俺たちのやってきたことで少しでも世の中良くなったか?」などと考え始めてしまい、「俺たちにやられた奴にだって家族や好きなやつがいたかもしれないんだ」と思いながら逆に殺されていく、、、そんなことを繰り返しながら、シリーズが重なるごとにテーマが重層的に増えていった。。。たぶんそれがいきなり限界になって、「新必殺仕事人」あたりからポキッと折れてバラエティ化してしまったのだと思うのですが。

上に書いたようなテーマの流れを、「殺人症候群」のストーリー、プロットと比べ合わせてもらえると、「あー」と感じられるものがあるかと(笑)
 ちなみに、倉持が接触してきたとき、仕置屋の女性が「お金を貰わなければただの人殺しよ」と言って「なんだそりゃ、金を貰えばただの人殺しじゃなくなるのか、どういう理屈だ」と倉持に笑われていますが、この「金を貰わなければただの人殺しだ」というのが、やはり新必殺仕事人から出てきた三味線屋勇次の得意なセリフなわけです(笑)。
 倉持のキャラクターは、例えば山崎努の演じた初代仕置人の「念仏の鉄」などに近い部分があるので、このシーンは、後期仕事人の変に正義の味方ぶった言動に対する、初期仕置人からの揶揄のような感じはします。

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