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荒木飛呂彦「ジョジョの奇妙な冒険」から 6

 それまでも、バランスのよかった第2部に比べて、第3部はギャグに傾きすぎじゃないか、と思っていましたが、ロマンティック・ホラーとしてのJoJoはこれで死んだのだ……という意味のことまで考えたのですから、実際相当のショックを受けたのです。
 おわりだ、おわりだ……という感じで、しばらく呆然と過ごしていたはずです。

 次の週になってみると、同じ「ビチグソがっ!」でも絵柄の濃厚さが全く変わり、もはやリサリサ風でも何でもなくなってはいたものの、マライアはワイルドパワフルウーマンとして描かれ直し、さらにジョジョの「相手が勝ち誇ったとき、そいつはすでに敗北している」が久々にそれはそれは鮮やかに決まっていたため(「これほど頼んでも?」「しつこいね、馬鹿」「それならあんたの負けだ、お若いレディ」のくだりは、何度読み返しても「やたっ!」てな感じです)、その終末気分は1週間で消失してしまうのですが、とにかく一時的にせよ、JoJoのそうした――衝撃的な「変容」があったことは確かです。

 愛読者やファンのどれほどが、ギャグ的な要素を喜んでいるかはわかりませんが、その後も第3部においてはついにホル・ホースにまでこの諸星あたる現象が発生し、哀れホル・ホースは初登場時のインパクトはどこへやら、三文キャラの如くに消え去り二度と復活はあり得ませんでした。
 第4部においても、最も如実な虹村億泰の変化にも見られるように、ギャグ的要素がかなり振り分けられていますが、第5部になると、ナランチャ、ミスタの役割もギャグメーカーではなくコミックリリーフ程度にとどめられており、サスペンスフルな(ロマンティック・ホラーかというと、ちょっと違うような気はしますが)ストーリー展開となっています。

 いずれにせよ、これまでの「変容」は、作者の試行錯誤、あるいは「ライブ感覚」の中から選び出され、試みられてきたものでしょう。「スタンドの像」の取捨は、その中で行き着いた一例なわけです。とりあえず作者の「試行」は「人間」に戻ることを選択した、と考えさせてもらっていいのではという気がします。つまりそれがスタンドの像よりも本体の方が綿密に描かれ、スタンド自体は「技」「武器」程度の役割に押さえられている、という今の姿に照応しているのだ、という気がするわけです。
 (主人公側のスタンド達はさすがにしっかり描き込まれているのは、それはやはり主人公側、レギュラー・メンバーであり、どんなにスタンドについて描き込んでも、それでもまだ本体達についてもそれを上回って描き込める「ゆとり」があるはずだからでしょう。)

 今後まだ、いかなる「変容」を「ジョジョ」が遂げていくかは全く予想できませんが、作者自身が、「JoJoとはこういうものだ」とか「スタンドはこう描かなければ」とかいった、「無用な」限界を自らに設定しない限り、これからも次々と成長進化していってくれる作品なのだと思います。
 そして「スティール・ボール・ラン」現在の、「スタンドの像さえ不要に思われるほどの濃密な画面とストーリー」をも超えて、この先JoJoはどういう道を選択して進むのか――。 

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