荒木飛呂彦「ジョジョの奇妙な冒険」から 1

 思ったのが、スタンドのビジョンの必要性についてです。いや、要らないと言っているのではありません。ないといろいろうれしくないこともありまして(笑)。
 でも例えば、ラブ・デラックスのときの迫力は、「余分な」ビジョンがなかったことも一つ関係しているのではないかと思ったりします。

 あとになればなるほど特に、スタンドのビジョン「なし」で効果を上げている場面もよく見かけますね。第5部での、ジョルノの手の上でボタンが「眼」になっていくのも、ゴールド・エクスペリエンスがそのボタンを殴っている絵などが描かれていないのがかえって効果的だったし、ブチャラティの戦いの中で、スティッキィ・フィンガーズが画面になく、ブチャラティ自身の「力」でジッパーが生まれているように見える画面も迫真的です。
 スター・プラチナやチャリオッツのように、紛れもなくスタンド自体が、いや、スタンドのビジョン自体が「拳」や「剣」を使って戦うときは別として、スタンドが「超能力」を持っており、別に何かを殴ったりせずともそれが発現できるなら、むしろスタンドのビジョンは描かれない方が迫力が増すことの方が多いのではないでしょうか。

 そもそも荒木先生の最初の着眼点というのは、
 「超能力ってずるい」
 ということだったと読んだような記憶があります。つまり、
 「念じるとスプーンが曲がる」
 というのはなんだかずるい。
 「実は目には見えないがスタンドというものがあって、それがスプーンを『えい!』と曲げたりしているのだ」とすれば、なるほど念力というのはこういうことだったのかわかってずるくない、と。

 それであの「スタンドのビジョン」というのが出てきたわけなのでしょう。確かに、スター・プラチナなんかは、念力の具体的な映像化です。次に出てきたマジシャンズ・レッドも、超能力による発火現象を映像で見せたという形になっている。

 これがジョセフ・ジョースターのハーミットになると、少し曖昧になっていて、つまりハーミットが「どういう仕組みで念写というのを行っているのか」、実は映像ではわからないわけです。ここではすでに、ハーミットが「念写という超能力を持っている」形になっていて、「念じるとスプーンが曲がる」というのがずるいならこれもずるいんじゃないか、というレベルになってしまっています。
(つづく)

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