平井和正「人狼白書」

兄・大滝雷太の死に復讐を誓う妹・志乃。その執念に彩られた呪いの念は、おれの周囲の人間たちにまで降りかかってきた。蛇姫こと石崎郷子は癌に冒され、隣家の可愛らしい娘・美美も不治の病に倒れてしまう…。次々と襲いくる凶運を前にして、遂に志乃との闘いに立ち上がったおれだったが、志乃の背後にはさらなる恐るべき敵が待ちかまえていたのだった―。

アダルト犬神明の死と再生の物語「人狼戦線」が愛読者たちに絶賛されたとすれば、次の転轍機「人狼白書」は毀誉褒貶、どっちかといえば非難囂々だったかもしれない。

個人的には、順を追ってきちんと読んでいなかったせいなのか、あまり悪い意味での衝撃もなく、ごく自然な形で受け入れていたと思う。ああ、そうだったんだー、という感じである。たぶん、「狼男だよ」「リオの狼男」「人狼地獄篇」のあと、早くもこれを読んでしまっていたらしい。だから、作中で寺島雛子が登場し、「たか」のことが語られても、「たか」って誰? だし、大滝志乃の存在から雷太のことが語られても、雷太って誰? だし、本当にもうとんでもない読み方である(笑)。

さて、このエントリーのタイトルは「人狼白書」としたが、現在、このタイトルの書籍を入手することは難しいだろう。これは祥伝社ノンノベル版のみのタイトルであり、これがまた「人狼地獄」(「魔境の狼男」)もしくは「リオの狼男」+「人狼地獄篇」の時をわざわざ再現せずとも、という感じの文庫収録にされているのだ。

ノンノベルでは長編「人狼戦線」を挟む中編二つ「虎よ!虎よ!」と「狼は泣かず」がカップリングされてしまっており、不連続性云々ということは以前に書いた。
角川文庫から刊行される際、これを避けるべく、「人狼、暁に死す」と「虎よ!虎よ!」がカップリングされた。ここまでは問題ないと言っていいだろう。
問題になったのは、じゃあ「余ってしまった」中編の「狼は泣かず」をどうしたらいいものか、ということになる。

ノンノベルでは、中編二つのカップリングされた『狼は泣かず』の次に、長編1冊の『人狼白書』が刊行されている。
そして実は、中編「狼は泣かず」で犬神明が出逢った男・大滝雷太や、その雷太を巡る事件が、そのままこの長編「人狼白書」に繋がっている。つまり、「リオの狼男」と「人狼地獄篇」との関係にほぼ同じ形なのだ。

「狼は泣かず」は単品で独立した造りになってはいるが、「人狼白書」のプロローグ的な位置づけとも言える。だから、もし「狼は泣かず」+「人狼白書」で(タイトルはどう付けるにせよ)1冊に纏めていれば、まあ、本が分厚めにはなったかもしれないが、さほど混乱するようにもならなかっただろう。

しかし、角川文庫は、ここで思いきったことをしでかしてくれた。
「狼は泣かず」+「人狼白書」の前半、で1冊造ってくれたのである。これが、「ウルフガイ 不死の血脈」というタイトルで刊行されたものだ。

でもって、「人狼白書」の後半が「ウルフガイ 凶霊の罠」のタイトルで1冊になっている。

ここでの問題点は2つあって、これまでは何だかんだ言っても、とりあえず1冊の本ごとでそれなりにエピソードは纏まってはいたわけだ。ハヤカワ文庫版「リオの狼男」と「人狼地獄篇」は、続けて読むに越したことはないが、それぞれでいきなり読んでも、ちゃんと独立した物語になっている。

しかし、「ウルフガイ 不死の血脈」と「ウルフガイ 凶霊の罠」は、本当にもともと1冊の長編をちょん切ってしまっているのである。「不死の血脈」だけ読み終わると、「なんにも終わってない!」になってしまうし、「凶霊の罠」だけ読んでしまうと、非常にワケが分からない。

現在のハルキ文庫では、「アダルト・ウルフガイ・シリーズ1」のようにナンバリングされているので、とりあえず問題は回避できているのかなと思うのだが、当初の角川文庫版では、何しろいきなり「人狼戦線」から刊行されたくらいで、確かそういうナンバリングの配慮はされていなかった記憶がある。もっともこれは確実なことではないので、言いがかりではあるのかもしれない。
ただ、ナンバリングのことはともかく、もともと1冊の長編を「上・下巻」だということが不明になる形で2分割してしまうというのは、これは頭を抱えてしまいたくなるやり方ではないか。

問題点の2つめは、これも関連科目にはなるが、この2分割の結果、「人狼白書」というタイトルが消滅してしまったこと、そして、なぜかタイトルに「ウルフガイ」という言葉がペッタンコとスタンプされ、続くラインナップにも全てこれが踏襲されてしまったこと。「人狼白書」というタイトルに個人的な美しさというか魅力を感じている人間にとっては著しく哀しいことだし、タイトルにベタベタ修飾が付くのはやはり美しくない。「犬神家の一族」とか「獄門島」がですよ、あるときいきなり「金田一耕助 犬神家の一族」「金田一耕助 獄門島」とか、「金田一耕助」の部分が小さなサイズでならともかく、タイトルの完全な一部分として刊行され始めていたら、すごくヘンじゃないですか? 「御手洗潔 占星術殺人事件」「御手洗潔 アトポス」「吉敷竹史 光る鶴」「神津恭介 刺青殺人事件」「神津恭介と大前田英作 狐の密室」 ああーっ、美しくないっ。

続く「人狼天使」(ウルフ・エンジェル)も、この神秘的なタイトルは文庫化の際、失われてしまった。非常に、残念である。

唯一、この形態になってプラスなことがあるとすれば、「闇のストレンジャー」というタイトルについて。これは、「ウルフガイ 不死の血脈」の目次を見ると出現しているタイトルだ。前半が「狼は泣かず」で、後半が「闇のストレンジャー」になっている。つまり、「人狼白書」の前半が「闇のストレンジャー」というタイトルで収録されているのだが、このタイトルはノンノベル刊行時には存在していなかった。「ウルフガイ 凶霊の罠」がそうであるように、もう少し細かい章題が付けられていたのだ。

これのどこがプラスなことかといえば、実に小さな小さな話ではあるのだが、ウルフガイ番外編「狼の世界(ウルフランド)」という1冊があり、これは実にウルフガイ・シリーズ、アダルト・ウルフガイ・シリーズを中心にした平井和正の自己パロディ作品集なのだが、その中で、「人狼白書」事件の渦中にある犬神明がいきなり抽出されて登場し、「おかしいな、おれは『闇のストレンジャー』に出演中なんだが」みたいなセリフをいうシーンが有るのである。
「闇のストレンジャー」って何だろう? どう見ても「人狼白書」なんだが……と不思議だったのだが、謎は解けた、これが答えだ(笑)。書き下ろしではなく、連載されたものを単行本したわけで、連載中のタイトルは「闇のストレンジャー」だったわけだ。そして、角川文庫で2分割事件発生の折、このタイトルが堂々復活したわけである。これで、「狼の世界(ウルフランド)」を読んだ読者には親切なことになった。よかったよかった。(たいしたことじゃないやい)

 
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