平井和正「ボヘミアンガラス・ストリート」

平井和正初の本格的ラヴストーリー。主人公の転校生・大上円(オオカミ・エン)は、29日周期で発熱する超虚弱体質で……。夭折の詩人・立原道造の美しく儚い詩の世界をモチーフに、ガラスの破片のように鋭く脆い恋の世界が描かれる。

「地球樹の女神」以降の平井和正作品群は、「人狼白書」以降どころではない途方もない小説的結構からの逸脱を現象化する。解りにくい言い方だ……だって、分かりにくいんだもの。紛れもなく。

「幻魔大戦」が小説的結構からの逸脱といわれながらも、十二分に「小説」として成り立っていたのに比べ、「地球樹の女神」中盤からはまさに夢幻的世界に入り込んだことを思わせる。現実と夢見との区別が意味をなさなくなり、事実とイリュージョンは等価となり、世界は“移される”。

その最も途方もないものはもちろん「アブダクション」シリーズに集約されるのだが、「ボヘミアンガラス・ストリート」はその先駆として「神様ファミリー」とその主軸たる大上円くんの存在をもって語られる。

円くんは「神様」として、自らの封印を剥がして「世界を移す」のだ。前作「地球樹の女神」で、フィロデンドロンの教授が「世界を移す」と告げるとき、その意味を知る者は誰もいなかったのではないか? しかし、円くんは世界を移した……

刊行時に順を追って読んでいったとき、各巻ごとに暗示される喪失の未来に戦きながら読んでいたのを思い出せる。平井和正の筆致は、本当にボヘミアンガラスの脆い崩壊を、その未来の映像を、感覚を、投射してきていたのだ。

しかし、最初のうち、「きまぐれオレンジロード」のイメージに困惑しながら読んでいかざるを得なかった。円くんはとりあえずいいとして、百合川螢と白山小雪の二人についてはどうしても鮎川まどかと檜山ひかるの二人としか思えなかったからだ。特に、鮎川と百合川という共通した名前の部分、また小雪とのコンタクト時に異動されてはいるが煙草のエピソードなど、「インスパイア」を表明しているにしても「きまオレ」をあまりにも思い出させすぎた。それ以外の登場人物たちや家族のシチュエーション等も、故意にはちがいないが、あまりにダブらせすぎていた感じがある。

それが、伊福部が登場した辺りから、風が変わった。たぶん、これは伊福部の力だったのだろうと思う。オマージュ、インスパイアの呪縛を捨象する、転換する。だから伊福部にはまさしく女神様の資格があったのだ。

そして、コスギ。
このボヘミアンガラス・ストリートの物語の中で、最も平井和正を感じたのは、ホタルより、そして伊福部よりも、この小杉杏子だったのだ。

「私はバカだ……」
コスギがこのセリフを口にした瞬間、「ボヘミアンガラス・ストリート」は全てのパワーを手にした。そう思っている。

ストームに巻きこまれるようにして終結を迎えた後、再読するまで、どうしてもエンディングが思い出せなかった。それは「地球樹の女神」もそうだったし、再読中の「アブダクション」もそうだ。トルテック小説は全てそうなのだろうか。
アニメ「超時空世紀オーガス」のラストのように漠然と思っていたのだが、そうではなかった。そして、しかし、このラストはやはり解釈や解決することを拒む。論理付けや正当化や折りたたんで理解してしまうことを否定する。

だから、また再読してみるときまで、これも棚に上げておこう。

ただ一つ、やはり黒衣の人、“ステラ”は気になるのだ。どうしても、たぶん、矢島の娘、絵理子を忘れないでいたいからかもしれない。
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