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幻魔大戦deep

平井和正の「幻魔大戦」シリーズは複雑怪奇な構成を持っている。

すべては、石森章太郎との合作である「幻魔大戦」というコミックから始まっている。
1964年を舞台に、主人公の超能力者である高校生・東丈を中心として、姉・東ミチ子、弟・東卓、親友・矢頭四郎、恋人となるプリンセス=ルーナ、異星のサイボーグ戦士ベガ、異星の超能力者フロイ、黒人幼児サンボ、裏切り者ドク=タイガー、幻魔サメディ、幻魔ゾンビー、幻魔司政官シグといった秀逸なキャラクターたちが登場したこの壮大なSFコミックは、月が地球に落下してくる破滅のイメージと共に未完のまま打ち切られた。

そして、世界を遡り、時代を下った別の宇宙で、タイトルは「新・幻魔大戦」として、コミック版「幻魔大戦」の世界を生み出すため、すでに幻魔によって滅ぼされた地球から時代を超えて「救世主を生み出す」物語を紡ぐヒロイン、お時が登場した。ここでは、プリンセス=ルーナの娘、ベアトリス王女が、その超絶的な能力によって江戸時代の娘お蝶と、エド・シティ1999年の香川千波とを精神融合させ、お時を生み出し、やがてこのお時が愛する山本千之介こそが東丈の系譜を生み出していく。同時に、おみちと由井正雪のつながり、そして正雪と丈の関係、犬神の一族・月影の存在と、この「新・幻魔大戦」こそが、のちの幻魔大戦の魂と血の流れの根源を形作っている。

やがて、本格的に再開された幻魔シリーズは「真・幻魔大戦」と題され、30代になったSF作家で超能力研究家の東丈、姉・東三千子、弟・東卓、ルナ姫、ベガ、宇宙意識フロイ、黒人青年ソニー・リンクス、変質者ドクター=レオナード・タイガーマン等のコミック版からバージョンアップされたキャラクターたちと共に、“ムーンライト”こと黒野千波=お時の存在など、胸を期待にはちきらせるばかりの布陣でスタートした。そして、むしろ彼らオールド・キャラクターたちより物語の中で先に登場した新キャラクターたち、テレパシストのジョージ・ドナー、ルナ姫の妹・リア姫らも魅力的で、一度物語の表から姿を消した彼らが、やがて丈らと接点を持つパートに入ると、物語は否応なしに盛りあがったものだ。
この「真・幻魔大戦」は、しかし、ちょうどその部分で突如として第二部に移行し、丈の秘書・杉村優里をヒロインとして、別の物語としてスタートしていく。

「真・幻魔大戦」と並行して書きこまれていったのが、コミック版のリライトを意図した当時角川文庫から発刊された「幻魔大戦」である。これは、第三巻までは概ねコミック版のリライトになり、東丈、三千子、卓の姉弟と、ルナ姫、ベガ、ソニー・リンクス、宇宙意識フロイと、「真・幻魔大戦」でのバージョンアップしたキャラクターでコミック版をリライトした形となっていた。江田四郎、幻魔ザメディ、幻魔ザンビとしてリライトされた他のキャラクターたちの動きも概ねコミック版を踏襲している。
第三巻で幻魔ザメディをニューヨークでとりあえず退けた後、「真・幻魔大戦」で登場した“クェーサー”という企業が登場したあたりから、小説版「幻魔大戦」はコミック版から道を外していく。そして、ついに第四巻から、東丈は独自の“救世主への道”を歩み出していくのだ。そこから登場してくる、久保陽子、平山圭子、田崎宏、井沢郁江、河合康夫、木村市枝、木村明雄、杉村由紀、高鳥慶輔らといったキャラクターたちは、おそらく読者たちの心に今もなお道を模索しながら生きつづけたままだ。
この「幻魔大戦」の動きが、そのまま「真・幻魔大戦」にも影響し、杉村優里は母・杉村由紀の記憶を受け継ぎ、GENKENの仲間達と再会する。そして、犬神・月影の復活から優里とお時の“超霊媒”融合、時をかけるクロノスから、由井正雪以前の丈、役行者・小角の登場に至るまで、時と次元を越えて「幻魔宇宙」が拡がりを見せる。その結果、クロノスからアポロ=丈までが登場し、やがて、小説「幻魔大戦」は「ハルマゲドン」「ハルマゲドンの少女」という一種別の形でのみ終結を向かえた……

コミック版「幻魔大戦」未完
「新・幻魔大戦」全1巻
「真・幻魔大戦」第一部~第三部 未完
小説版「幻魔大戦」全二十巻
「ハルマゲドン」
「ハルマゲドンの少女」第一部~第三部
これらが基本的な“幻魔大戦”シリーズとなる。


そして、それからひどく長い年月が過ぎ、「幻魔大戦deep」が生まれたのだ。

この「deep」は即ち「深・幻魔大戦」ということだろうが、再読を始めてみると、初めて読んだときほど東丈の描写やそもそもの文体に違和感がないのに気づいた。もっと「アブダクション」のような(つまりは「地球樹の女神」以降のか?)平井和正の「軽み」の部分が前面に出て、重みの部分は見えづらい、あっても続かない、文体になっており、東丈のキャラクターが直哉もどきになっている記憶があったのだ。
だが、ちょうど同時並行して「真幻魔大戦」を再読していたのだが、さほどの相違は感じられない読み始めだったのだ。

それが、一気に「アブダクション」度を加速したのは、“すてきなお母さん”雛崎みゆきが登場してからになる。彼女の登場以降、丈のキャラクターも世界の描写も「アブダクション」に“憑依”されていく。

が、にも関わらず、では雛崎みゆきというキャラクターがそれほどの圧倒的な存在感を持っていたかといえば……これは決してそうではないのだ。登場当初はそれなりの平井和正の女性キャラクターとしての魅力を備えているかに見える……が、振り子を丈に伝授することのみが役目であり、それが終わればもはや使命を果たしたかのごとく、急速に存在感を喪失していく。いてもいなくてもいい存在としか思われないのだ。(その証拠のように、続く「幻魔大戦deepトルテック」では消失している!)

この「deep」において、新しく登場した重要な女性キャラクターの中でも、雛崎みゆきほど重要であり、そして同時に存在意義のなかったキャラクターはほかにはいない。丈にとってすらも、最速で美叡(&美恵)や雛崎みちるに比べて、みゆきが占める割合はみるみるうちに失われていったのではなかったか。

平井和正作品の魅力のひとつには、確かに女性キャラクターの備える“女神性”があったはずだ。ところが、この「deep」で登場した女性キャラクターたちはいずれもかつての魅力に欠けている。東美恵たちなど、「真幻魔大戦」時の養女時代の愛らしさはどこへやら、といって虎4や杉村優里のようなパワフルな魅力を備えているわけでもなくという、どうにも感情移入する魅力の乏しい女性陣だったのだ。

「真幻魔大戦」登場時の美恵は、「東美恵子」だったはずで、それが“夢魔の寝室”編あたりから「美恵」になっているので、その辺ですでに世界が変わっていたのかも? 「美恵子」のままだったら、また違ったのかな? ……この辺は余談中の余談である。

丈のくだけた口調は、べらんめえ部分はともかく、GENKEN主催になる前の少年の丈にはちゃんと存在していたものなので、それほど違和感はない。それよりも、フロイのような“宇宙意識”とインフィニティたる“宇宙意志”はどう違うのか、振り子はコックリさんとは違うのか、そんな細かいあたりが気になってしまうところはある。

GENKEN時代の丈の失踪が、ついに逃避だったと断定されてしまったが、これはつらいところではあるかもしれない。
けれど、GENKENを作らないでいた丈のまわりにやはり久保陽子や平山圭子もいたようだ。彼女たちと一緒に、“非・GENKEN”の丈はいったいどう活動しようとしていたのか。その物語も興味が湧いてしまう。オヤブンでもなく、東丈先生でもない丈は、はたしてどう幻魔大戦に関わっていったのか。

そして……GENKEN世界の延長でありながら、ハルマゲドンの少女にはつながらなかったらしい世界の木村市枝は、「砲台山」の時同様、やはりあくまで木村市枝だった。それがやはり、純粋に嬉しいのが、どの読者にも共通のことではないだろうか。
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